7月8日と0f0003

7月 8th, 2011 § 0 comments § permalink

オフラインが好きになったことだし、早く寝ようとしていたのに、あることが気になり珍しくネットサーフィンをしていたら、ひょんなきっかけでnato.0+55やnebula.M81の制作者の正体がわかったのだった。しかも、この制作者であるGheorghe Danという男は、2006年に開催されたISEAにも出ているし、2008年には0f0003(サイトもある)のプロジェクトであるBalkan.OSというものまでプレゼンテーションしている(全貌はわからない)。そして、いままでこの情報を知らなかったこと、知ろうとしなかったことに、相当、がっくりと肩を落としていまPCの前にいる。

しかしながらこれは、友人のアニメ好きが語っていたように、好きなアニメの最終回を見ないのに似た心境がこれまでの自分の中にあったことは確かだ。SALON.ver3を作り終える頃、natoがmaxを発売するアメリカのcycling’74に訴えられ、natoのサイトであったm9ndfukc.orgやeusocial.comが次々と閉鎖されていった。それまで自分が熱狂してきた一風変わった開発者たちの活動が終わりつつあるのを感じて、本当に絶望に近い感覚を抱いた。それからというもの、彼らのその後ついて詮索をしなくなった。

2002年にぼくがオランダのSteimで会ったNetochka NezvanovaはRebecca Wilsonというニュージーランド出身のアーティストだったということもわかった。もちろん、当時から彼女はSteimで電子音楽をやっているニュージーランド出身の女性だということも、nato制作者のメンバーの一人に過ぎないこともわかっていた。natoの日本での代理販売をしたいと思っていたぼくは、オランダに行って彼女にそのお願いをして、彼女は快諾してくれた。日本に帰って半月後には、natoを販売していたkagi.comでぼくたちのための購入システムを作ってくれた。

しかしながら、この事実を発見するまでのネットサーフィンは、2001年周辺に味わった興奮を想起させてくれた。非常にスリリングでわくわくとした数時間だった(そして今日7月8日は、ぼくがはじめて立ち上げた会社の設立日だ)。

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