グリッチワークショップ@東京芸術大学

6月 19th, 2011 § 0 comments § permalink

8月に東京芸術大学で開催するグリッチワークショップの案内を書いておきます。オランダで取材してきたロサ・メンクマンのインタビューなどもお見せする予定です。ぜひいらして下さい。

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グリッチとは何でしょうか? 破壊の芸術? 偶然性のアート?

グリッチの概念を掴もうと思った時、グリッチは一直線に伸びた歴史のチューブにとどまることなくあぶれ出る液体のように振る舞って、はじめは混乱するかも知れません。実際、グリッチの作り手には「ずらし」の思想があり、また、現在ではさまざまなグリッチの手法やアティテュードが存在するためです。

そもそもグリッチという言葉は、20世紀になってからできた比較的新しい英語です。語源は、ドイツ地方で使われているイーディッシュ語の「滑る」から来ていると言われています。

グリッチは、電子機器やコンピュータなどのシステムにおいて短い時間のうちに生じる接触不良やエラーとして理解されていますが、実際にわたしたち日本人は、もう十何年も前から、このグリッチに触れています。1983年に発売された任天堂のファミリーコンピューターや、家庭用コンピュータとして一世を風靡したMSXなどで、ひょんなことから、正常な画面から一転し、わけのわからないエラー画面に出くわした方も多いのではないでしょうか。ですから、30代、40代の人たちの多くは、このグリッチに知らないうちに出会っています。

このグリッチが1990年代半ばには電子音楽において、2000年代前半からアートの領域においてフォーカスされ、認知されるようになりました。それまで、グリッチはとても偶然性に満ちていて瞬発的なものであり、同時にショックを伴うものでしたが、グリッチを敢えて発生させることができるようになった今、大きな意味で、それは偶然ではなくなりました。そこに残るのは「破壊」であり、同時に「創造」です。

そうした表現上のグリッチとは、ひと言でいえば、わたしたちの一般常識の範囲外にある、非正当的な方法によって作り出されていると言えるでしょう。さらに、そうした視点で時代を見ていくと、実にさまざまな新しい事項が、このグリッチを経て生まれてきたことにも気づくでしょう。

ここではグリッチの歴史を中心に、グリッチとグリッチアートの違いや、その概念について紹介していければと思っています。

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