ルノアール逃避行

1月 31st, 2011 § 0 comments § permalink

飽きっぽい性格は、どうやら治らないらしい。

一昨年から制作をすすめてきて、昨年の春に完成したunsorted booksのサイトを、もう変えたいという欲求が抑えられない。
ここ数日は、思考が変に分断されている分、増えてしまったサイト(toroskaioとunsortedと、このサイトともう一個)を統合してひとつにまとめ、どこかが更新されれば、瞬時にわかるサイトができないかと考えていた。
ぼくは考えるときじっとしていられないので、事務所から抜け出し都内のWiFiがつながる喫茶店へと、今月新たに購入したばかりのMacBook Proを背負いながら、転がり込む。そんな感じだから、いつも足を運ぶ店では、とはいえ、こまめに通う喫茶店は変えているのだが、いつもおなじみの顔ぶれを眼にする。彼らもノートPCをテーブルに広げていて、何時間もその場を動かない。そうした彼らを見ると、自分だって長居してもいいだろうという気分になる。

よく行く喫茶店は、ルノアールだが、ここは何時間いても、オーダーした飲み物がなくなれば、暖かい緑茶を出してくれるので、悪い気がしないで済むし、こないだなどはいい気になって、こちらから2杯目の緑茶のおかわりを申し出て、ロボットのように従順なウェイトレスも少し面食らった顔をした。月額500円も払えばネットもできるし、携帯電話で話していても嫌な顔もされないので、居心地がいい。だから、お会計時には10%引きになるルノアール専用のEdyのカードも作ってもらった。さらに、急に先方から呼び出しされ、デザインのプリントアウトを見せなければならない時は、ネットプリントというサービスを使って、プリントしたいデータをネットから入稿し、近くのセブンイレブンに置いてあるカラーコピー複合機でプリントすることができるので、まったく困らない。これでは、どんどん、自分のオフィスのノマド化が進んでしまう。

そんなある日、有楽町のいまはなき三信ビルのはす向かいにあるルノアールに行ってまったりとしていたら、「コーヒーを温めで2杯いただけますか」と注文する老婆の声が聞こえて来た。コーヒーが運ばれてくると、「ちょっとすみません」と店員を呼びつけ、今度はトーストをオーダーし、さらに、「トーストを3cm角にカットしてはいただけませんか」と変なお願いをしている。歯が悪いのかな、と思って聞いていたが、その3cm角にカットされたトーストが老婆の元に届いてから2分もたたぬうちに、また店員を呼びつけ、「ティースプーンをいただけますか」と言う。言葉遣いは丁寧なのだが、声量がでかいので、こちらも気になってしまうし、なんだか嫌な印象も受ける。しかも、いままで衝立に阻まれてよく見えなかったのだが、その衝立の脇から、老婆の腰の部分が見え隠れしていて、「え、立ってるの?」と驚いたのだが、そんな時、ちょうど待ち合わせていた知り合いが有楽町駅に到着したというので、ぼくは席から立ちあがり、会計を済ませて、その老婆の側を通って店に出ようとしたら、老婆はコーヒーを2杯注文していながら、たったひとりで来店しており、しかも何日もシャンプーをしていないようなぼさぼさの頭で、席にも座らず、身体を45度に傾けながらテーブルのまわりをゆらゆらと徘徊し、店員から受け取ったティースプーンで、3cm角に切られたトーストをまるでファインアートのようにテーブルの上に並べ直しているのだった。その光景を見て、ぼくはますますその老婆のことをまじまじと見つめてしまったので、逆に老婆から睨まれ、あわてて店の外へと逃れたのだが、よくよく考えれば、ああした客にも注意ひとつせず(だって、お金持ってない可能性もあるだろう)、接客マニュアルにそったような丁寧な応対をしていたルノアールの店員のクソまじめさに心打たれ、「年老いて危うくなってからも行ける喫茶店はルノアールだな」、と思ったのだった。

だから多分、来週も、ぼくは事務所のルーチン化した環境から逃れ、ルノアールに行ってしまうことだろう。

2011年を迎えて

1月 9th, 2011 § 2 comments § permalink

2010年は、電子出版に湧いた年だった。

iPad、iPhone用に京極夏彦が『死ねばいいのに』を出版し、Wiredが電子版を作り、村上龍がG2010を立ち上げて『歌うクジラ』を出した年だった。

自分もiPadなどを購入して、20冊近い電子書籍をダウンロードし、デザイン構成や操作性を確認してみたりもした。
僕がiPadを購入したのは、昨年の7月のことだった。

遡って、2010年の5月には、アンソーテッド・ブックスをスタートさせた。アンソーテッド・ブックスでまず最初に出版したのは、大村タイシと中性子による、小さなエッセイ付きのイラスト集だ。「unsorted」のサイトを確認してもらえばわかるが、現在も都内と新潟を中心に、理解ある書店/ショップ様に置かせていただいている。
アンソーテッド・ブックスをやる前は、書店営業なんて簡単だと思っていた。10年ほど前に、SALONを立ち上げた頃は、テクノのディストリビューターと組んで、主にレコードショップで配本をして、残りは、青山ブックセンターやNADiffといった比較的インディーズに理解のありそうな書店に行き、本をデザインの段階からプレゼンして、置いてもらえることになった。当時、青山ブックセンターには学芸員がいて、その人たちの許可がなければ、本を置く事はできなかったのだ。

10年が経過して、今度はテクノのディストリビューターの力を借りなくなった。理由は、テクノに関係ない本を出すためだ。そうやって作った本が、『Per.mur.(パーマー)』だった。営業的には、かなり厳しいものがある。まず、こうした本を置いてもらえる書店が少ないことだ。「ここは」と思える書店に行ってみても、「誰が書いているんですか?」と言われ、その段階で90%は取り扱ってもらえない。有名じゃなければ、振り向いてもらえないのだ。

『Per.mur.』でイラストを描いている大村タイシとは、もう15年くらいの付き合いになる。彼は、15年前に胃ガンを患い、胃を3/4摘出して一命を取り留めた人物であり、彼は当時を振り返って「むやみに怒りを感じてはいけないものだなあ」ということを話していたが、そんなに怒りの沸点が低いとは思わなかった。彼は情報誌のデザイナーだったが、彼がトムズボックスから出版した本を受け取ったとき、情報誌のデザインだけをやっているのではないのだなと思い、人間の奥深さに触れた気がした(もちろん、そうした二面性を持つ人は多くいるのだけれど)。そんな気がしたのは、会話をしている中で感じ取れる彼の揺るぎない自信のようなものに違いないと思った。

そうこうして、僕がある人からの好意で、新宿の曙橋駅にある部屋を無料で借りることができるようになり、そこで「Sensor」という名のレコード屋を開いた。主に日本のインディペンデント・レーベルのCDを集め、海外のディストリビューターやレーベルと交換する形で、商品を流通させていた。日本のインディペンデントな音楽を海外の人にも知って欲しかった。それから、店内で展覧会もやれるようにと、新宿の世界堂で額縁を買ってきて、大村タイシと共同で店内に絵を飾り、知り合いをたくさん呼んだ。それから、店に関わってくれた人たちの事情も相まって、その店を畳もうということになり、僕はSALONの3号目の制作に入った。

話が逸れたが、いまになって考えてみて、あの頃の自分を突き動かしていたものは何だったのかを考えている。SALONの3号目を出した後は、「売れるモノを見つけよう」という強迫観念のようなものが芽生え、さまざまな人と会い、さまざまなイベントに出かけた。しかし、多くの人が勘違いしてしまうのが、「売れるモノを見つける」とは、すでに「売れているモノを見つける」と結びつけてしまうことだ。

そんなマインドセッテイングになってからというもの、SALONをやっていた自分がばからしく思えてきたことがあった。現在、YouTubeにもアップされているSALONの2号目は、販売価格が2100円で、発行部数が2000部だ(YouTubeではすべてのコンテンツは公開されていない。詳細を知りたい方は、ぜひ2号目を手に入れてください)。たった2000部のために、ヨーロッパ中を24日間で駆けずり回り、ケバブやマクドナルドのハンバーガーなどを食いながら安ホテルに滞在し、鉄道ではスリにあって、ユーレイルパスを盗まれたりもした。ミルプラトーのオーナーからは3度も嘘のスケジュールを言われ、パリやベルリン、アムステルダムから、ミルプラトーのあるフランクフルトに向かって、何度も無駄な移動時間を費やすはめになった。しかし、全然辛くはなかった。大変だと思ったこともなかった。

SALON 2号で、たった2000部のために、そこまでやった自分は、本当にかけがえのない時間を過ごしていたんだと思うし、「儲ける」ためではなく、自分の知りうる範囲内での、おもしろいものを世に出したいという気持ちで突っ走れたことに、また、突っ走らせてくれた周りの人たちの力にも感謝せずにはいられない。そう思えるようになったのは、奇しくも匿名の人間がSALONの2号目をYouTubeにアップしたおかげで、多くの人が閲覧したことも影響しているのだと思う(何が何に影響を及ぼすかは計り知れないが、過去のSALONがネットの恩恵を受けていることは確かだと思う)。

そして、2010年になって、発行部数5000部だったSALON version3.0が7年かけて完売し、現時点ではAmazonで中古のみが流通している。定価3000円だった本が、9800円という値段で取引されていることは自分にとって驚きであり、同時にもっと安価な値段で多くの読者に届けたいという思いもある。

これは後付けだが、そうした積み重ねの後に、いまの「アンソーテッド・ブックス」ができたのだと言える。そして、5年前に録音したComputer Soupのアルバムも、新しく設立したプライベート・レーベル「toroskaio」からリリースすることもできた。そして、この日記では告知しなかったが、12月4日にはIBM系の情報を取り扱う「アイマガジン」の協力を仰ぎ「unsorted salon」と題して、グリッチのイベントをユタカワサキ、ucnv、kick.snare.kick.snareを招いて開催できた。

新年早々、自分の過去を長々と書いたが、これからは、かつての方法から学んだことを推し進めて、2011年なりのやり方でやっていけたらと思う。

毎年新年になるとその年の抱負を人に言ってガス抜きしてしまうことを恐れて、今年は何も詳細を言わず、自分の中で醸成させて、実行に移していきたいと思っている(Twitterは最大のガス抜き要因なので、使い方を考えている)。冒頭、2010年は電子出版に湧いた年だった、と書いたが、自分の中でこの一文を反芻してみると、あまり実感が湧かない。それは、アクチュアルな本も読み続けているし、出されている電子書籍を購入しはしたが、自分ではまだ電子出版をやっていないからだ。

本年も、宜しくお願いいたします。

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